ビターカラフルに溺れる日
昼夜はまったくの別人のように、雪輝の目の前で、いや、雪輝の身体を覆うようにしてそこに立つ来須圭悟は、雪輝にとって雪輝自身が知っている来須圭悟という男とはまったくの別人だった。
熱帯びた荒い息が雪輝の口から不規則に吐き出される。
その荒い息は、焦点を合わせられない雪輝が平常心になろうと必死に吐き出しているものだった。
来須圭悟という人間は、雪輝にとっては、そう……いわゆる、あこがれや格好いいという分類に属するような存在であって、このように妖艶や色っぽいという言葉はあまり当てはまらない。
完全に色気がないとは言わないが、それでも雪輝自身が身を震わすくらい色気という見えない匂いを発しているのを今の今まで、天野雪輝という少年は見たことがなかったのだ。
雪輝が来須に会うとき、必ず彼は青い背広とスラックス、白いシャツ、黒色のネクタイをきちんと着込んでいる。
同性の雪輝が男として憧れるような、男性。
決して色を売るような、馬鹿なことをしない来須がいま、雪輝の眼前では普段露出しないような鎖骨や、シャツの間からみせる肩………それらが、すべて衣服に隠されることなく、晒されていた。
これは、夢か?
そう考えようとした雪輝の頬を、来須の指が這う。
男性の指先……来須圭悟という男の…
「……来須さん」
声が、かすれてしまう。
目の前の世界に、呑み込まれていくようだった。
妖艶、支配、そして――――もうひとつ、なにか別の…――――
まるで別人。そういう単語が頭のなかに、雪輝の脳裏に浮かんでくる。
来須は雪輝の頬を撫でると、耳の後ろに触れた。
くすぐったい感触が雪輝の神経を麻痺させる。
微笑の口元が来須が昼と夜、まったくの別の人間と思わせてしまうように
雪輝は身体を震わせる。
「く、来須さん・・・」
「………雪輝」
彼は――――来須圭悟だ。
天野雪輝のよく知る、来須圭悟なのだ。
荒い息。吐息がまた、雪輝の口から、不規則に吐き出される。
欲求不満の合図。
自分自身のモノが、もがいている。
ああ、ほしいほしいと
―――――やわらかな感触。
――――一瞬の出来事。来須は雪輝の幼さ残る唇に口付けをした。軽く触れあうキスは、雪輝の一瞬の油断と隙をついて、濃厚で甘い大人の行為へと変化する。
口内に侵入した舌が、雪輝の舌と甘く深く重なり合う。
甘いあまい、大人の香り……雪輝がそう感じると来須は舌を口から引き抜いた。
銀色の細い糸が二人の短い距離をつたう
甘い吐息、見えなかった素肌、瞳の奥、全身の欲望
―――来須は、雪輝の衣服をゆっくりと脱がしながら、誘う
チリリ、と赤い痛みがした。
「………雪輝、俺はお前に抱かれたくてしかたないよ」
「……僕は…」
視界が暗転する。
来須の妖艶な微笑と嘲笑が雪輝の脳裏に、深く、焼き付いていた。
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